1.発見しにくい高次脳機能障害の症状
脳卒中になった人に言語障害や半身麻痺が生じることはよく知られています。
交通事故によって頭部に外傷を受けた場合でも、同じように、言語障害や半身麻痺が生じる場合があります。もっとも、交通事故の症状は、このような分かりやすい症状ばかりではありません。
頭部外傷による後遺症は、失語や麻痺などの明確な局所症状よりも、ずっとわかりにくい高次脳機能障害の症状になることもあるのです。
高次脳機能障害は、平たく言ってしまうと、認知症や発達障害に似た症状です。認知機能全般が衰え、感情の抑制ができなくなるなどの症状が出ます。
認知症は、被害者と身近に接している家族であっても気が付かない場合があります。発達障害もまた、自覚がないまま生活されている方が大勢います。このような認知症や発達障害は、社会生活を送るうえで深刻な影響を生じさせます。
同じく、高次脳機能の障害も、症状が発覚しにくく、そして、社会生活を送るうえで深刻な支障を生じさせます。「なんとなく、以前よりも物覚えが悪くなった気がする」「最近、頭の回転が遅くなったように感じる」と自覚しても、交通事故の後遺障害であることには気付かず、気のせいだと思ってしまうのです。言語障害や麻痺であれば気付きますが、認知機能の衰えの場合、気付かずに見過ごしてしまう場合があります。
2.知能テスト
知能には、大きく分けて結晶性知能と流動性知能の2つがあると言われています。
結晶性知能は、勉強をして知識を蓄えたり、経験をしたりすることで培われる能力です。経験豊富な年長者、勉強家の知恵と言い換えられます。一方、流動性知能は、今まで経験したことがない事態に臨機応変に対応する能力です。マニュアルに頼らないで判断できる柔軟性と言い換えられます。
なお、高齢になると、結晶性知能はそれほど低下しないのに、流動性知能は低下していくともいわれます。また、勉強ができても仕事が困難なタイプの人が知能テストをしたら、結晶性知性に比べ流動性知性が低いことが判明した、などという話を聞くこともあります。
高次脳機能障害による認知機能の衰えを判別するため行われる知能テストとしては、ウエクスラー式知能検査(WAIS-Ⅲ)がポピュラーです。他にも認知機能の衰えを判定するためのテストとしては長谷川式スケールなども有名ですが、ウエクスラー式知能検査では、そのような簡易的テストとはことなり、比較的長い時間を使って、知能全般について多角的に測定します。結晶性知能については言語性IQとして、流動性知能については動作性IQとして表示されます。
「知能が低下したらすぐに気がつくのではないか?」とも思えます。確かに、大幅に低下した場合にはすぐに発覚するでしょう。しかし、そこまで明らかな症状ばかりではありません。「最近物覚えが悪くなった。」「段取りが悪くなった。」という感覚があったとしても、自分の身に起きている異変を素直に認められる人ばかりではありません。むしろ、否定したくなるのが人情です。その上、今までの経験や慣れで、仕事も生活も、なんとかこなせてしまうことがあります。したがって、知能の低下があっても、「交通事故による後遺症に違いない」とはっきり認識できない場合も多いのです(何とか生活ができていても、今後、生活環境が変化した場合に能力の低下が顕在化することも考えられます)。
交通事故により、脳挫傷や硬膜下血腫等の脳外傷が生じていることがCT画像などで明らかであったり、事故直後に意識障害があった場合には、高次脳機能障害が疑われますから、知能検査が行われる場合が多いでしょう。もっとも、高次脳機能障害を引き起こすと言われる軸索損傷は画像で見ても分からない場合があります。軸索には血液が通っていないため、損傷しても出血が見られず、CTなどで発見しづらいのです。したがって、知能の低下があっても、見過ごされてしまう可能性は十分にあります。また、意識障害が軽度で健忘程度にとどまっていると、やはり、高次脳機能障害が見逃されてしまうことが多くなります。頭を強く打ちつけたような場合には、念のために、知能検査の実施を主治医にお願いしておいた方がよいでしょう。
3.「日常生活状況報告表」
知能検査の結果、知能が低いことが判明しても、その結果がもともとの知能であるのか、あるいは、事故後に知能が低下したのかについて、不明確なままです。そこで、家族や介護者が「日常生活状況報告表」という書面を作成します。
「日常生活状況報告」には、事故前の生活状況と、事故後の生活状況、双方を記載します。事故前後での生活状況の記載の違いを比較することで、交通事故の外傷によって認知機能や社会に適応する機能が衰えたかどうかが判断できるのです。「日常生活状況報告」には、「他人からの借り物やレンタルビデオなどの返却がありますか」「キャッチセールス、ダイヤルQ2、迷惑メールなどに適切に対応できますか」などの具体的な項目があります。受傷前と受傷後、それぞれについて1~5までランク付けされた番号に〇をつけていきます。通常は同居の家族(保護者や配偶者)や介護者など、被害者の生活状況をよくわかっている人が記載します。
ちゃんと記載されていればいいのですが、職場の同僚が、いい加減に書いたような書面が出てくることがあります。職場の同僚は、被害者と一緒に生活するわけではありません。仕事の様子しか見ていません。労務の内容がそこまで高度ではなくマイペースで淡々できるような場合、仕事に十分に習熟している従業員は、脳に大きなダメージが出ていても、仕事を今までと大差なくこなしてしまいます。そうすると、職場の人は、事故前後の生活状況の違いに気が付かないことがあります。
4.実例
私が担当した事件でもそのようなことがありました。職場の先輩が、仕事の様子だけを見て、「日常生活状況報告」を作成したのです。被害者は、事故後、記憶の低下に悩んでいましたが、慣れ親しんだ仕事であるため、なんとか、仕事の方はこなせていたのでした。
そのような「日常生活状況報告」が作られてしまうと、知能テストで知能がかなり低下しているにも関わらず、「日常生活状況報告表」の記載上は事故の前も後も生活状況が変化していないことになってしまいます。そこで、相手方保険会社は、「交通事故は起きたが、被害者の生活には支障が出ていない」などと言い逃れをするのです。
こうなってしまうと、交通事故前は認知能力に問題がなかったことを証明するために出身高校、出身大学などの成績証明書を取り寄せたり、事故前の被害者の生活状況をよく知っている証人を探すなど、反論の準備が必要になります。
高次脳機能障害の後遺症として、知能の低下以外に、性格や人格の変化もあります。下記の記事でご説明します。
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